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No.1683 2012-5-04
■朝、テレビで「ぼくらの七日間戦争」という映画が放送されていた。たしかTVH(テレビ北海道)というチャンネルだったと思う。
1988年の作品だというから、いまから24年も前になるのかと、驚く。自分が見たのは、それより少しあとのテレビでの放送だったと
記憶している。小学生のころだろう。この映画を見た直後、学校の友人達はもろに影響を受け、港町三丁目の廃工場の
ような建物に工具やら布団やら、どこから持ってきたのかよくわからないが、とにかくいろいろ持ち込んで基地づくりをしていた。
それはそれとして、まったく記憶になかったが、若き日の宮沢りえが出ていた。で、甥達が、この映画を熱心に見ていたのだ。
最初、出演者らの服装を見て、古い、とか言ってげらげら笑ってたのだが、話が進むにつれて食い入るように画面を見つめ、
教師たちと戦うシーンでは、すげえ、つええ、などと言って大いに興奮していた。子供達が大人を倒す、
という痛快さがいいのだろうか。TM NETWORKの曲も懐かしかった。
■昼間、近くのショッピグセンターの中にある本屋に行って書棚をぶらぶらぐるっと見て歩いて、文庫本を一冊買って、
すぐそばにあるCLOEという喫茶店でコーヒーを飲みながら読んでしばらくしたら携帯に電話が来て、甥が早く帰ってこい、
とか言うので帰ってまた遊んだ。この日も雨が降ったりやんだりで、肌寒い。
■夕方、甥達が帰っていった。夜になり、五稜郭駅から一駅乗って、函館駅前からバスで空港まで。連休中だがそれほど混雑していない。
この日最後の羽田行きの便に搭乗。夜の函館市街を眼下に見ながらほぼ定刻通りに離陸。本を読んでるうちに眠ってしまい、
気付いたら関東上空。去年の震災後間もない頃より、町の灯りがいくらか明るくなってるように見える。羽田につくといつも、
到着口の前にあるカレー屋のいいにおいがして、一瞬腹が減る。バスで津田沼まで。
No.1682 2012-5-03
■朝から雨だった。風もけっこう強くふいてて、カッパ着て外へ行くほどの気力もないので、実家で過ごす。
朝の気温は低く、5月に入ってもまだストーブに火を入れている。午前中、市内に住む甥達が来て、
遊べというので付き合っていた。まわり将棋をやった。自分が昔やったときに知ったルールとは若干、細かいルールが違っていたが、
だいたいわかった。まわり将棋やってるだけなのに子供達は、なぜか汗だくになっている。あと、DSという小型ゲーム機で桃鉄をやった。
■中学生や小学生の子供達とゲームの話をしていて、ドラクエの話になる。子供達とドラクエの話などをしていて思ったのは、
こんなに世代の違う者どうしで同じゲームの話ができるんだから、ドラクエはすごいな、ということで、
ファミコンやスーパーファミコンでやってたソフトがいま、小型ゲーム機に移植というのか、リメイクというのか、
そういう形でできるようになってるのだそうだ。
あとは縁側の片づけをしたり、神棚やタンスのちょっとした修理などをして過ごす。
夜は地元の友人と近くの店で飲酒などしながら話した。甥達は実家の二階で寝てた。
No.1681 2012-5-02
■長い連休がとれたので函館へ。朝早く新橋経由で羽田まで。平日だからなのか、羽田に向かう京急は思ったより混んでないが、
普通に通勤らしき者らが乗っている。相当早い出勤時間だと思う。こういう人たちが日本の社会を支えてるのかと思うと頭が下がるが、
そこまでして支えなくても、とも思う。空港もわりと人は少なく、手荷物検査もあまり並ばなかったので拍子抜けである。連休がらみで、
手荷物検査は相当並んで待つかも、などと予想してたんでいつもより早めに着いたから、ちょっと暇だった。ラウンジに行ってクロワッサンとアイスコーヒーをもらう。
函館行きは真ん中通路で両側座席三列ずつの、やや小さな機体。定刻よりも20分くらい遅れて離陸。そこそこ揺れる。ぼんやりしているうちに山形上空というアナウンス。
窓から下を見ると、東北の山にはまだ雪が残る。津軽海峡を越え、北海道上空に入る。風向きのせいか、めずらしく松前、木古内側から函館市街地上空を横切って函館空港に着陸。
大野あたりでは北海道新幹線の高架橋の橋桁が連なって建っているのが見え、函館市上空に入ると市立函館病院が見える。うちの実家の屋根も見えた。
ここらへんで、飛行機からひょいと降りられたらいいのに、と思う。五稜郭公園の桜はまだ咲いてないようだった。
■空港から出ると、肌寒い。函館駅行きのバスに乗車。観光に来たらしき若い夫婦かカップルが、駅前の町並みを見て、うわあなんか昔に戻ったみたいな町だね、
さびしい感じ、とか言っていた。まあたしかに、ガイドブックでもウェブ上の情報でも、函館の中でもやっぱり見栄えのいいところばかりが紹介されているのだろうから、
来たことのない人の頭のなかでつくられるイメージと実際の町並みとの間にかなりのギャップができるというのは、函館に限ったことではないが、容易に想像できる。
それでも、せっかく観光に来てくれたのだから、楽しんでいってくれればいいが、と思った。函館駅から一駅乗って五稜郭駅から歩いて実家まで。
前に来たのは1月の後半、一年でいちばん寒い時期で、雪も多かった。いまようやく地面につくしやたんぽぽも出てきて、北海道にも遅い春が来ている。
実家に着くとまもなく、坊さんが来た。父の百箇日法要である。市内に住む叔父や叔母、従兄弟もわざわざ来てくれた。みなで昼食。

五稜郭公園。

五稜郭公園と五稜郭タワー、遠くに函館山。
■午後から母と五稜郭公園へ。六花亭の喫茶店に行ってみたが満席なのですぐ店を出た。東京の人だったら並んで待つのだろうが、
待ってまで飲み食いしたくないのは母も自分と同じのようである。朝、上空から見た桜はまだ咲いてないようだったが、昼になって気温がぐっと上がったせいか、ちらほら咲き始めている。
この時季の帰省はいままでしたことがなかったので、函館の桜を見るのは十数年ぶりだ。今年は全国的に桜の開花が遅かったが、函館も同様で、
普段ならこの時期に函館の人間はみな五稜郭公園か函館公園で桜を見ながらジンギスカンを食べることになっている。五稜郭公園では、
桜のあとはツツジが咲いて、そのあと藤の花が咲く。高校の頃はよく五稜郭公園の中を自転車で通っていたから、花の季節、甘いにおいがしていたのを覚えている。
五稜郭タワーには観光客がたくさん来てて、1階の土産屋も盛況だ。タワーの外側には鯉のぼりがついてて、風に吹かれて泳いでいる。
箱館奉行所が復元されたのを初めて見た。復元建築にあまり意味を見出せない。金の使いみちとしてはどうなのかと思うが、一年を通じてコンスタントに観光客を呼ぶには、
こういうのも必要なのかなとも思う。堀には若いカップルが乗る貸しボートがいくつもぷかぷか浮いている。
■五稜郭タワーのそばには、ラッキーピエロや、わりと有名な観光客向けのラーメン店があって、とても繁盛している。白鳥橋のあたりから千代田小学校方面へ歩く。
梁川町の交通公園の横を通った。小学生の頃、親に連れられてきたことがある。たしかゴーカートに50円で乗れたんだった。子供のとき、
かなり興奮して運転した記憶がある。いまもゴーカートは走っていて、子供が乗って楽しそうにしていた。アルペンの横を抜けて、
ゲームセンターとかが入ってる昔西武デパートだった建物の前からバスに乗って実家に戻る。国道227号沿いにあった日産化学の工場の大きな建物がいつのまにかなくなっていた。


函館湾の夕日。

旧北海道庁函館支庁庁舎。

ペンション八幡坂。
■夕方、船見町まで行った。西の方角、函館湾の海の向こうの山の方向に日が沈んでいくので、夕暮れの景色を撮ろうと思ったんである。
外国人墓地や高竜寺のある通りを、火葬場方面へ少し歩いたところから、海辺の道に出る。夕日がとてもきれいで、大小いくつもの船が行き交っている。
夕日が徐々に沈んでいく。オレンジ色の空がきれいだった。太陽が山に隠れると、空はピンク色になって、濃い青になって、やがて黒くなった。
旧西小学校の裏手から公会堂の横の路地に出たら、空き地に猫が二匹いた。近づいたら逃げていった。いつも三脚を持ってくるのを忘れるので、
暗くなってから町の風景を撮るのはむつかしい。元町公園あたりの、ライトアップされた建築群を見ながら坂を少し下り、
日本キリスト教団函館教会の向いのバス停からバスに乗って実家に帰った。
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