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No.1968 2015-07-26
弥彦駅

弥彦神社

弥彦神社

■早起きして列車に乗った。柏崎から越後線で一時間強で吉田駅まで行く。30分ほど乗り換え時間があるので一度駅を出てコンビニエンスストアへ行って あったかいコーヒーを飲んだ。夏とは言え朝早くの新潟は千葉あたりと比べると涼しい。吉田から弥彦線に乗り換えて8分程度で終着の弥彦駅。 この駅にも以前訪れたことがあり、神社を模した独特な駅舎が懐かしかった。そのときは鉄道乗りつぶしがメインだったので時間がなく、すぐに折り返しの列車に乗った。 そのとき行けなかった弥彦神社へ行こうと思ってやってきたのである。駅を背に北の方向へ歩く。一の鳥居の正面には門前町のような町並みがあり、 鳥居から境内へと足を踏み入れると鬱蒼とした木々が茂る森となる。木立の間の砂利が敷かれた道を奥へ進み、随神門という門をくぐるとぱっと視界がひらけて、 弥彦山を背後にした弥彦神社の堂々たる拝殿が姿を現す。弥彦神社は越後国一宮で、万葉集にも歌われる古社。 祭神は天香山命だということだが、初めて聞く神様の名前だ。神武天皇の大和国平定後、勅命を受け越国を平定、開拓に従事したのだそうだ。
■夏の朝の空気の中、森の中の神域を歩くというのは信仰心のあるなしに関わらず気持ちのいいものだと思う。参拝者もあまりいないので広々しててなおさらいい。 拝殿の建物は複雑な屋根の形をしていて独特である。1912年に神社は火災でほとんど焼失してしまったが1916年に再建されたのだそうで、 今年がちょうどそれから100年。「大正の御再建・御遷座から数えて100年」で、記念事業も行われたようである。そんな節目の年に、 以前来ることができなかった神社を訪れることになったのも何かの縁かもしれぬ。来たときと違う道を通って駅まで戻る。静かな住宅街の中の細く曲がった道をのんびり歩く。 駅に着くと既に列車がホームに入っていた。神社風の駅舎にわりと新しいと思われるステンレス製の車両が停まっている様子はなんだか不思議な感じがした。 弥彦線で吉田まで行き、さらに東三条駅まで行く列車に乗り継ぐ。東三条から信越本線に乗り換えて長岡まで。花火で有名な長岡の町は意外にも都会的な町並みで、 駅前はきれいに整備されており、ガラス面の多い新しい建物が目につく。アオーレ長岡という施設では「第五回 高校生ラーメン選手権」というイベントが開催されていて、なかなかの賑わいだった。
■長岡から上越線で帰る。時々上越新幹線の高架と並行する区間があり、新幹線で一気に帰っちゃおうかなという気持ちもちょっと湧くが、行けるところまで普通列車で行ってやろうと思い乗り続けた。 ちょうどフジロックの最終日だったので、越後湯沢から人がたくさん乗ってくるのではないかという懸念があったが、乗ってくるそれらしき客は思ったより多くなかった。 上越線の上り線には越後中里〜土樽の区間と土合〜湯檜曽の区間に線路が輪を描きながら高度を上げ下げしてゆくループ線があり、そこを在来線で通過するのは久々だったので ちょっと楽しみにしていたが、ずっとトンネルの中なので、カーブして走っているのはわかるが正直よくわからないまま通過してしまった。水上で高崎行きに乗り換え、高崎からは上野東京ライン経由で一気に 東京まで。上野駅前の商業施設にある温度計を見ると38度と表示されていた。夕方4時過ぎには東京駅に到着。総武快速で津田沼まで。 ひさびさの18きっぷ旅行はなんとか無事に行って帰ってくることができた。体力的にもそろそろきついかなと思ったがまだ大丈夫だと感じた。
No.1967 2015-07-25
青海川駅

青海川駅

柏崎のお祭り

■ひさしぶりに青春18きっぷを買って少し遠くまで行くことにした。暑いので海辺にでも行こうと思い、どうせなら日本海がいいなということで 初めて東京から上野東京ラインの列車を利用し高崎まで。昼ころに高崎に到着。電車から一歩外に出るとすごい暑さだ。駅の売店でアイスを買って食べながら次に乗る列車を待つ。 上越線の水上まで約一時間。水上駅には青い客車をつないだ蒸気機関車が停車していた。「SLみなかみ号」というらしく、季節の臨時列車で水上と高崎の間を走っているようだ。 水上から先へゆく列車に乗り継ぐ。群馬県最後の駅である土合を過ぎ、谷川岳を長いトンネルで抜けると新潟県に入る。新潟最初の駅は土樽。 あたりは何もない山の中だ。沿線にはさすがに雪の多い新潟なのでスキー場の看板がちらほら見える。魚野川に沿って徐々に徐々に標高が下がってゆき、 車窓に田んぼが広がるようになる。途中のいくつかの駅には以前乗り換えなどで降り立ったことがあり、そのときのことをいくつか思い出す。 越後湯沢の駅前でへぎそばを食べたこと、六日町駅で北越急行に乗り換えるために走ったこと、早朝の会津若松から雪深い只見線で小出駅まで乗り通したこと、 飯山線との乗り換え駅である越後川口駅の窓口で長野からの新幹線の切符を買ったら駅員さんがポケットティッシュをくれたこと、そんなささいなことを思い出す。
■水上から二時間弱で長岡に到着。このあたりではかなり大きな町で人もたくさんいる。長岡から信越本線の列車に乗り換える。午後3時半になっていた。 新潟の水田地帯を走る。40分程度で柏崎に到着し、下車。この駅で降りて外に出るのは初めてだと思う。朝はわりとゆっくり津田沼を出発して普通列車だけで夕方4時半には 日本海に面した柏崎まで来ることができる。駅前のホテルにチェックインして荷物を置き少し休んでから再び駅に戻る。信越本線の列車で西に二駅行ったところにある青海川駅までゆく。 進行方向右手にはきらきらと水面が光る日本海が広がる。冬とはちがって穏やかで美しい。午後5時40分に青海川駅に到着。2006年の元日、私は初めてこの駅に降り立った。 あれから10年近く経って再び来ることができたのは感慨深い。ただそのときとは駅の様子が少し変わっている。というのも2007年7月、新潟中越地震で駅裏のがけが幅80メートル余りにわたって崩れ、 ホームの一部や線路が大量の土砂で埋まるという出来事があった。その様子は写真で見たが、相当な土砂崩れで、復旧まではかなりかかるだろうなと思ったことを覚えている。 結局二ヶ月後に復旧し、信越本線は運転を再開した。ホームや駅舎は新しく作り変えられ、私が訪れたときの面影を残すものはあまり多くはなかったが、 ホームから見渡せる海の美しさはあのときと同じだった。
■暑さも忘れて海を眺め、写真を数枚撮り、列車に乗って柏崎に戻る。まだ空には明るさが残っていたので柏崎の町を歩いてみた。 駅前のメインストリートには大小の店やヨーカドーなどがある。遠くのほうからなにか賑やかな気配を感じたので行ってみるとお祭りだった。 かなり大勢の人出があり、地元の若い衆が揃いの法被などを着て神輿をかつぎ、山車を押し、威勢よく歌ったり踊ったりしている。それを子供や老人、家族連れなどが沿道で見物している。 何かいいものを見たなと思った。エクザイルみたいなチンピラ風の男も髪が金色の女もみなよい表情で祭を楽しんでいる。詳しくは知らないが地方の小さな町に、 年に一度こうやって人が大勢集まって夏の一日、地元が大いに盛り上がる。以前はあまりそういうことに関心がなかったが、今の年になるといいものだなと思える。
No.1966 2015-07-24
■アメリカの無人探査機ニューホライズンズが撮影した冥王星の写真を見た。冥王星にかかる靄が大気であることが初めて確認されたらしい。 氷河が存在することや予想以上に気圧が低いこともわかったのだという。写真でそこまで分析できるのかと驚くのと、まったく想像すらできないほどの距離にある星の写真を 見ることができるということにも驚くし、そのことがうまく理解できないが大したことだなあと思う。真っ暗な宇宙空間にぽつんとまん丸の石が浮かんでいるような写真だった。
No.1965 2015-07-19
習志野きらっと

■「習志野きらっと」というお祭りがある。市民の手づくりによるまつりということで、毎年夏に開催されている。 以前、夜のパレードは見たことがあったので昼の祭会場へ行ってみた。市役所の旧本庁舎の道路を挟んで向かい側にある、普段は駐車場になっている広場に たくさんの出店やブースが建ち並んでいて、ステージもあって、人がいっぱいいる。習志野市民がこんなにいたのかと思う。 日差しが強くて暑かった。ステージではロックフェスよりもタイトな分刻みのスケジュールでダンスや歌などの演目が披露されていた。
No.1964 2015-07-17
■安倍総理が、高額の建設費用が問題となっていた新国立競技場の建設計画について計画の見直しを表明した。 金かかるのが問題なら壊すなよと思ったが、それはそれとして、なんだかみみっちい話になっている。 わけのわからないところに無駄な金を使うくらいならちゃんとお金かけて世界中の人がびっくりするようなスタジアム建てればいいのに。
No.1963 2015-07-16
■安全保障関連法案が衆議院本会議で可決された。内容の是非はともかくとして、いろんな人の本性が見えた案件だった。 今はネットを通じていろんな人が自分の考えを表明できるから、こういうときに誰が何を言っているのかがすぐにわかる。 自分が印象に残ったのは法案に反対する演説をしていた千葉駅前で、通りかかったおばちゃんが「朝鮮系の人たちが反対してるから日本にとってはきっといい法律なんでしょ」と言っていたこと。
No.1962 2015-07-07
■NHK放送文化研究所は、テレビを1日「30分〜2時間」もしくは「ほとんど、まったく見ない」の割合が増加しているとする調査結果を公表。 若年層よりも少し上の世代でも「テレビ離れ」が進んでいるという結果になったそうだ。
あたりまえだとおもう。
正直、日々の生活でテレビ見てる時間なんて普通はないと思うし、テレビを見る時間が減ってることはいいことだ。テレビ局ひとつくらいつぶれればいいのに。あと新聞も。NHKもいらない。 でもたまにtwitterなどを見て、トレンドワードみたいなやつにずらっとテレビ関連の言葉が並んでると、なんだ結局みんなテレビ見てるんだなと思ってちょっとがっかりする。
No.1962 2015-07-05
別所温泉駅

別所温泉駅
別所温泉駅

北国街道 柳町
北国街道 柳町

■朝から温泉につかる。部屋で朝食。朝からいろんなものを少しずつ食べられるのは嬉しい。宿を出てまっすぐ坂道を下り、別所温泉駅へ。 上田電鉄にはかつて他にも路線があったらしいが現在ではこの別所温泉と上田を結ぶ別所線を残すのみとなっている。 終着駅らしいたたずまいのホームとかわいらしい駅舎のある別所温泉駅の開業は1921年というから90年以上前だ。 駅舎が開業当時からのものなのかどうかはわからないが、車寄せの屋根の正面に、前身の上田丸子電鉄時代の社章が付いていることから 少なくとも上田電鉄に社名変更された1969年以前のものと思われる。駅舎の中は昔懐かしい雰囲気が残っていて、 駅名標や駅の施設の案内など古いものがそのまま使われている。七夕が近いためか、ホームなどに七夕飾りがついている。 駅の北側にはかつてこの路線を走っていた丸い窓のついた古い車両が静態保存されている。
■二両編成の上田行きに乗車。車内は観光客らしき人たちがちらほら、地元らしき人も少し。全員が座れてさらに座席には空きがあったが、 途中の駅で若者や子供も乗ってきて上田に近づくころには立ち客も多くいた。車窓は塩田平の田園が広がる長閑な風景が続く。 30分ほどの乗車で終点の上田に到着。新幹線も停車する大きな駅で、土産物店や飲食店もあり、駅前には大きなバスロータリーや オフィスビル、ホテルもある。上田に来るのはこれが二度目で、前回は上田城を見にいった。そのときも感じたのだけど、この上田という町は どことなく活気がある。その理由が今回わかった。町の中を人が歩いているのだ。都会に住んでいるかたからすると、なにを言ってるんだと思うかもしれないが、 田舎町どころかいわゆる地方都市レベルの町でさえ、人がほとんど歩いていない。ぞろぞろと歩いているのは東京とか大阪とかそういう大都市とその近郊くらいで、 あとはみんな車で移動している。特にいい年をした男が歩いていると奇異の目で見られるし下手すると通報されかねない。 しかも地方は国道やバイパス沿いにいろんな店や施設が揃っているから駅前などにはなおさら人がいない。
■前回見て歩けなかった駅前の飲み屋街などを散策。古めかしいストリップ劇場の看板なども目に入る。 上田駅から歩いて10分か15分そこらで柳町というエリアに着く。江戸幕府によって整備された北国街道に沿って古い町並みが一部残っている地区である。 北国街道は佐渡の金を江戸に運ぶ道として五街道に次ぐ重要な役割を果たしていたそうで、上田はその宿場町だったようだ。 後に城下の商人町として栄え、いまも卯建(うだつ)が突き出た商家などが残っている。道には石畳が敷かれ、徐々に観光スポットとして整備している様子が見受けられる。 土産物店や飲食店もある。まだ午前中だったせいかそれほど観光客はいなかった。歩いて上田駅まで戻り、池袋行きのバスに乗って帰った。
No.1961 2015-07-04
別所神社 舞台
別所神社 舞台

常楽寺 石造多宝塔
常楽寺 石造多宝塔

安楽寺 八角三重塔
安楽寺 八角三重塔

北向観音 参道
北向観音 参道

■池袋からバスで長野県まで行った。途中、上里サービスエリアで休憩。普段車で移動することがないので、たまにこういうサービスエリアに 来ると浮かれて飲み物など買ってしまう。関越自動車道から上信越自動車道に入る。途中ところどころ一般道に下りてバス停に立ち寄ると、客の乗り降りがある。 軽井沢あたりの山越えのルートはかなり標高の高い場所を走るのでいい景色だ。上田菅平出口から一般道に下りて上田市内を抜ける。田園地帯をしばらくゆき、 池袋を出てから四時間弱で終着の別所温泉。上田電鉄の別所温泉駅から程近い場所にあるバス発着所から山の方向にのびる一本道の上り坂をゆくと温泉町の中心部。 古い寺院などもあり、観光客らしき人たちも少しばかり歩いている。外人が少なく、山に囲まれた静かで落ち着いた小さな温泉町である。
■地形がすり鉢状になっていて、縁の高台に寺院が点在している町並みは、大分の竹田に似ていると感じた。 西側の高台には北から順に別所神社、常楽寺、安楽寺がある。別所神社は鳥居をくぐってから参道がしばらくあって、途中急な上り坂と階段がある。 さすがに高台からの眺めは良く、町並みを一望できる。社殿のほかに舞台もあり、神楽か何か、奉納の舞のようなものも行われるのかもしれぬ。 古くは「熊野社」といわれていたようで、社伝によると紀州の熊野本宮大社から分祀されたとのことである。 常楽寺には国の重要文化財になっている石造多宝塔というものがあり、杉木立の中に大きな灯篭のようなものが建っているのがそれである。 鎌倉時代に造られたそうだ。重要文化財だが屋根もなく野ざらしになっている。いい具合に苔なども生えている。くだらないアートなど見るくらいならこういうものを 見たほうがいいと思った。寺の本堂は立派な茅葺屋根で、よく手入れされているようできれいだった。
■高台の等高線に沿うように敷かれた道をゆくと安楽寺に着く。幹の太い木々の間にある石段を登り山門をくぐる。境内は斜面の中腹にありながらも 立体的に土地を使っていて池まである。拝観料を払うと八角三重塔のあるエリアに入ることができる。この塔は日本に一つしかないという木造の八角塔で、 鎌倉時代に建てられた日本最古の禅宗様建築なのだそうだ。そういう貴重なものなので長野県では一番早く国宝に指定された。 歴史の授業で、平安時代は貴族が栄えたきらびやかな文化で、鎌倉時代は武士勢力が権力を持った時代で質実剛健な文化だった、といったようなことを勉強したなと思い出した。 この塔も常楽寺の石造多宝塔も、たしかに派手な感じや優美な感じはあまりしないが、シンプルでシャープな印象を受ける。塔から戻ってくると境内に 白黒の猫がいてこちらに近寄ってきた。人懐こい猫だった。常楽寺は天台宗、安楽寺は曹洞宗の寺院。
■町の中心部に近い場所には「北向観音」というのがある。本尊が千手観音。本堂が北を向いているのはほとんど例がないのでこの名前がついた。 厄除観音として知られているらしい。平安時代初期に比叡山延暦寺の円仁によって開創されたというから歴史は古い。 地図で見るとちょうど長野の善光寺と南北に相対するように建っていることから、両方お参りするといいらしい。自分は2009年9月に善光寺に行っているので、 これで両方行ったことになる。それにしても長野という土地は不思議だ。諏訪には出雲との関係が深い諏訪大社があり、 別所温泉には熊野大社から分祀された神社や比叡山の僧侶による霊場があったりする。遠い西の国からこの山深い土地まで遥々、 交通の整っていない時代によく辿り着いたものだなと思う。常楽寺、安楽寺、北向観音で朱印をいただいた。
■他にも謂れのある「湯かけ地蔵」や将軍塚、大湯薬師堂、仁王堂等々、歴史を感じさせるものが点在している。 宿泊客以外も気軽に利用できる温泉がいくつかありそれらは「外湯」と呼ばれていて、地元の人も利用している。 ぐるっと歩いて一通り見て回って、ちょっと買い物と思ったが町にはコンビニもなく、夕方になって店らしい店はほとんどシャッターが閉まっていて、 どうしたものかなと思ったが坂道の一番下のあたりに一軒だけ営業している食料品店があったので飲み物などを購入。 予約していた宿はそれほど大きくはない宿だがきれいな建物で、従業員さんが親切に案内してくれて良かった。 最上階に温泉浴場があるので入った。露天風呂もあって、外の空気が気持ちいい。客が他におらずのんびりできた。 夏に温泉ってどうかなと思ったが逆にお客さんが少ないからゆったり湯につかれて、貸しきりみたいでとても良かった。
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